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天才上野堂の自伝マップ心理療法【講座】 

誰の真似でもないキミだけの生き方は、過去の自分自身が一番知っている

天才上野堂の自伝マップ心理療法(48)

≪平成元年8月7日≫
AM9時起き。

ハチはいない。
雨も降っていない。

海岸を下見していると、おじさんに声を掛けられる。
今回の旅はやたら、おじさんに縁がある。
 

いつもの様に今までの旅の経過を述べる。
おじさんも、いつもの様におどろく。
 
この形式化を済ませて
話は意外な方向へと進んだのだ。
 
 
この津島辺りの潮はかなり強くゴムボートで目標の大三島へ直接行くことは出来ないらしい。
左か右かに遮る流れがあるのだそうだ。
 
ゴムボートの速さはせいぜい毎時4、5キロメートルだろうがこの辺りの潮は今日は大潮という事もあり毎時20~30キロメートルも出るという。

この潮の流れを利用するしないで、普通の船が大三島へ行くのに6時間違うらしい。
 
 
私は大三島まで地図の上では簡単に行けそうだと高を括っていたので、この突然の忠告をすぐ飲み込めず口をポカンと開けて、ただ
 
「はあ、はあ。へえー」
とぐらいしか対応出来なかった。
 
 
結局おじさんは何かのついでだったらしく
 
「途中まで送って行ってあげよう」
と言って
モーターボートを出してくれた。
 
 
私はこの時、せっかくここまで自力で来たのに、ここで人手を借りると完璧なゴムボート往復横断にならんなあと打算が走った。
 
しかし敢えておじさんの親切を断らなかった。
私はこの旅をしていて何か外からの不思議な力に護られている様な気がしたのだ。
 
 
確かに海を漕いで渡ったのはいつも独りだった。

テントが吹き飛んだときも
荒れ狂う波に耐えたときも
潮に流され瀬戸内海のど真ん中に引っ張り出されたときも
渦に巻かれそうになったときも

いつも独りで乗り越えて来た。
しかし、それが出来たのも
行く先々で天命か親切な人々と巡り合い
物質的、精神的な活力を与えてもらったからこそ、かもしれないと思ったのだ。
 
 
時には死をも意識した最悪の状況が急に好展開を見せた時など
 
 
嗚呼、私は
一人勝手に生きているんじゃなくて
この自然の流れの中で生かされているんだ
 
 
と思わずには居られなかった。
 
もしかしたら
昨日執拗に追ってきたハチに対しても、彼の縄張りを私が侵した訳だから、刺されてやった方自然の理に適っていたのかもしれない。
 
 
こうして私はおじさんのモーターボートに乗って送ってもらい潮の影響も薄れた辺りの海上でボートを降ろしてもらった。
お礼を言って、大三島向かって再度漕ぎ始める。
 

AM12時30分到着。
実を言うとこの島にある大山祇神社に私は個人的な用があるのだ。
日本全国に点在する甲冑・刀類武具の国宝・重要文化財の約80パーセントを収蔵し鶴姫が着用したとされる女性用の鎧も展示される由緒ある神社だ。
 
 
バスに乗って神社に着くや否や私は社務所に駆け込んだ。
我が、上野堂家の家紋がここの神社の神紋と同じなのである。

何か関係が有りやしないかと神社の人に聞いた。
あまりに熱心に尋ねていたので奥に居た神主さんまで出て来てしまった。
大山祇神社の家系図もわざわざ出して来てくれ、さらには神社に関係する名簿まで調べてくれたが何も出て来なかった。
 
 
神主さんの話によるとこの神社の神紋は他に昔の水軍の河野家、越智家や大名で言えば稲葉家など又、一遍上人の広めた時宗関係の寺も同じ神紋を使うとの事。
 
水軍については愛媛県の北條市にある善応寺に行って聞けば良いとか檀家の過去帳を見るのが良いとか色々丁寧に教えてくれた。
 
私は大山祇神社とは直接関係が無かったと、少々残念に思ったりしたが気になっていた事が聞けて満足した。いつか善応寺に行って調べよう。
 

私は大山祇神社を後にしバスで盛という所に移動した。
ここから少し離れたキャンプ場に行くのだ。

そこから明日、出航する。そこが最後の目標地本土に一番近い場所であるからだ。
 
夕方、大きい太陽の沈む頃キャンプ場に着いた。
そこには広島から来たらしい子ども会の人々が楽しんでいた。
 

一人海岸でボーっとしていると又、おじさんに声を掛けられた。
白髪で気さくな人だった。
色々話しをしているうちに、そのおじさんは昔、私の故郷の呉市に住んでいた事があったらしく戦時中の呉の話を聞かせてくれた。
 
 
軍港としては日本一だったとか
特攻用有人ハンググライダー「桜花(おうか)」や
特攻用有人潜水艦「回天(かいてん)」
を作っていたとか

日本は昔、哀れな戦争をしたもんだと言っていた。
 
 
そういえば昨日は広島の原爆記念日だったなあ。
私も伯父さんにあたる身内をこの原爆で亡くしている。
 
そうしてその日は過ぎていった。
 
 
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