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天才上野堂の自伝マップ心理療法【講座】 

誰の真似でもないキミだけの生き方は、過去の自分自身が一番知っている

天才上野堂の自伝マップ心理療法(84)

むかしむかしそのむかし、好奇心の強いU堂氏は
 
 
 
大学受験の数学問題集を書いたのでした。
 
 
 
25歳の頃だったのでした。といってもU堂氏は普通に大学生をやっていたのでした。
 
おお、修士を経て博士課程へ進学していたのか?と思われがちなのでしたが、違うのでした。
 
 
ただの学部5年生だったのでした。
 
 
U堂氏のそれまでの職歴・学歴などを簡単におさらいして置くのでした。
 
 
 
おほん。
 
 
 
先ずは中学生の時な。U堂氏はその頃、荒れに荒れていて警察官が家に5、6人なだれ込んで来てU堂氏の立て篭もっていた寝室のドアを蹴破って
 
 
連れ出されたのでした。家の前には夜中、赤い回転灯だけ無音で回っているパトカーが乗り付けられていたのでした。
 
 
 
その警察官の皆様に対し、U堂氏は             民事だからお前らには関係なかろうがっ!!
 
と吐き捨て、取り囲まれた警察官の皆様からは       コイツ、狂っとるわ!!
 
 
の押し問答を繰り返していたのでした。
 
 
詳細は、意外と内容がショボ過ぎるのと、今なお悲しい思い出しか湧き起こらないので封印しておくのでした。
 
 
こういうの全て出し切らないと本来の、U堂氏自身が発明した自伝マップ心理療法の効果が得られないのでしたが
 
 
 
30数年の年月くらいでは当時の悲しみを消化し平然と公開するには、まだまだ時間が足りてないのでした。あと20年はかかるな。
 
 
なので、当時手に負えない生徒が全国から集まると言われていた関西の日生学園へ行かされるか
 
高校へは進学せずに少年自衛隊として就職するかの選択を親から迫られていたのでした。
 
 
その頃U堂少年は航空自衛隊に就職して、将来戦闘機に乗って空高く機体が空中分解するまで昇って人生を終えようという壮大な計画を練っていたのでしたが
 
あっけなく体力測定の視力検査で落とされたのでした。
 
U堂少年に就いてくれていた自衛隊の就職世話係の人は、その検査前に立ち寄ったトイレの連れション途中で、横からU堂氏を見据えて、   視力検査表を全部覚えろっ!!
 
と言って応援してくれたのでしたが、昔の学校の保健室にあるような一枚ポスター形式の視力検査表ではなく、目をあて機械の中を覗き込んで自動でマークを読み取るタイプの視力検査機だったため
 
    覚えるって、何を??
 
 
 
 
何も出来ずに視力検査を終えたのでした。
 
 
 
 
まー、それとアレだな。アレ。
 
 
 
 
 
最終面接で自衛隊幹部のお偉いさん方との面接があるわけだけど、確か面接会場が江田島の術科学校だったとおもう。
 
 
 
 
そこは知る人ぞ知る、旧日本海軍のエリート養成所で当時東京帝国大学よりも難易度の高かった海軍兵学校の跡地に現在、海上自衛隊の幹部養成などの施設が入ってる由緒ある場所なんだけどね。
 
 
 
その場所での面接で、U堂氏は航空自衛隊を受験したわけなんだけど面接官は、陸・海・空それぞれの制服を着用し、相当階級が上であることが内情を知らないU堂氏でも予想できるほど分厚いワッペンが胸に貼ってあるわけ。
 
 
 
その3人の幹部の皆様に、いろいろと口頭質問を受けるわけだけど、U堂氏のワルイ癖でね。
 
 
 
なにかなー、自衛隊は好きなんだけど。
 
権力が目の前に立ちはだかると、萌えるんだよ。 いや、漢字表記まちがった、萌えるんだよ。じゃなく燃える、ね。ワードに学習機能付いてるから初めのが勢いで何回も出てくるw
 
 
 
U堂少年は反抗期の中学生だからw
 
 
 
 
威圧感たっぷりの3人の陸・海・空自衛隊幹部の皆様に戦いを挑む年頃なんスよ。
 
 
 
 
 
   キミの趣味は?
 
 
 
えーっと、・・・ ハイ、 腕立て伏せですw(半笑いプラス)
 
 
その頃ね、少年U堂氏はどこへ行っても突然に腕立て伏せをする行為を流行らせてたの。
 
 
修学旅行先でみんなで写真に納まるときも、ハイ、チーズ。と、同時にひとりだけ突然腕立て伏せをする。とかね軽く5、6回。
 
 
 
また、はじまったー と周りの人、ウンザリw
 
 
 
で、その調子で軽い気持ちで、緊張して張り詰めた空気を和らげようと・・。
 
 
 
 
ハイ、腕立て伏せですw
 
 
 
 
 
一瞬の面接室に走った殺気をU堂氏の肌は今も覚えているのでした。
 
 
命がけで国守ってる寄り抜きエリート大人3名ぶんの殺気は中学生のU堂氏には十分だったのでした。
 
 
剣道ひとつとっても警察の道場で習う剣道よりも自衛隊道場で習う剣道のほうが殺気があるのでした。
 
 
U堂氏の小学生時代所属していた警察の練成会は市内の代表を決める選考会で同地区に海上自衛隊があるため
自衛隊の養成会と勝負することが多く、ほとんど自衛隊の養成会に負けていたのでした。
U堂氏など、一回練成会からの選抜チームとしてその選考会に出場して対戦相手の養成会の剣士に全敗した忌まわしい記憶が残っているのでした。
 
これくらいは、平然と公開し書くことが可能なのでU堂氏の中ではクリアになっている体験なのでした。っても全敗という惨めさは今も忘れないけど。
 
 
 
 
ハナシ、なげーwww
 
 
 
ということで航空少年自衛隊も受験失敗に終わったのでした。
 
あ、そうそう一次のペーパーテストは受験者の中で断突のトップだったので世話役の自衛隊の人などが相当期待してたんだと。
期待に添えなくてごめんなさい。
 
 
 
 
結局、日生学園にも行かされることなく地元の高校へ進学。
 
 
ちょ、ここでいったん切るわ。
 
 
つづきは、もう一個のブログの方な。